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さよならとりっぷ

しがないWebエンジニアの雑記とポエム

facebookでバイラルメディアをフォローするのやめた

質の高い情報に目を通そうと思った

いいね!を押すとその企業なりサイトなりのfacebookへの投稿が、wallに流れてくるあれ。
まあ情報収集のためだしいいか、と思ってバイラルメディアにも割といいね!を付けていた。

最近冷静に考えて、そのような情報に目を通すのは時間の無駄だと気づいたし、
質の高い情報が流れてくるwallにしようと思った。
大体、facebookで読んだ記事の9割は翌日には忘れている。

覚えておきたい情報は積極的にはてぶしてる。
はてぶの検索はめちゃくちゃ速いので重宝している。

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こんな感じでフォローを外せる(huffpost japanは別に外してない)
いいね!したという記録は残るが、wallには投稿は流れてこない。
記録というか、いいね!した数は減らしたくなかったので、フォローを外すことを選択した

良かった点

・質の低い情報が流れてこなくなった
・時間を割かれることがなくなった

良くない点

・一日に何度も投稿する人のpostがよく目に入る

時間は、有限だ。
自分の人生において、自分に取って何が必要で何が不必要かは見極める必要がある。

ただ、カラパイアというバイラル?メディアは気に入ってる。
これは読んでて面白いし、時間の無駄だとは思わない。

感動はコンテンツではないと思う

前に、どこかで読んだ言葉がある。
「感動もコンテンツになってしまう世の中なんですね」

僕はこのものの見方は、好きだ。

文脈から切り離された、都合良く編集された「他人の感動」に、
簡単にあなたも感動してはいないだろうか?

感動は、自分の目で見たもの、自分で感じたもの、自分で手に入れたものに対して、感動すべきだと思う。

創作物は別だ。
どんな創作物でも、その人の感じ方によって、感動するか否かは変わると思う。
小説を読んで泣く、映画を見て笑う、漫画を読んで感動する。
それは間違いなくあなた自身がその創作物と対峙して、感じているものだ。

「感動するコンテンツ」

しかし、「感動コンテンツ」は違う。
「感動コンテンツ」は感動することを前提にしてシェアや編集がされている。
それが発端で議論が巻き起こったりすることもあるだろうが、大半の人は簡単に「感動」する。

翌日には忘れているような「感動コンテンツ」に時間を割いている暇は無い。
僕はそう思ったので、フォローを外した。

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この記事は白ワインを飲んで酔っぱらっているときにウッてなってガッと書いた。
別に感動コンテンツをシェアしてる人を叩くとかじゃなく、自分の考えていることを書いた。

とりあえず小説を買ってきて、久々に感動したい。
陽だまりの彼女とか、読み直したい。

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